乱歩という拡張現実を覗き見る

速水 奨(声優、俳優)

2024/01/11

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OVERVIEW

声優、俳優としてのキャリアはもちろんのこと、幅広いジャンルで多彩な活動を展開されている速水奨さん。乱歩のさまざまな作品をモチーフとした朗読劇『幻燈の獏』(2022年)、その続編『自決スル幼魚永久機関』(2023年)に、姫宮博士という科学者の役で出演された速水さんに、ふたつの朗読劇のこと、乱歩独特の世界の見方についてお話を伺った。

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乱歩という拡張現実を覗き見る/速水 奨(声優、俳優)

引きつけられてしまう怪しさと危うさ

—— 速水さんの乱歩作品との出会いを伺えますか。
速水 奨(以下略) 明智小五郎と怪人二十面相という二大巨頭の物語は、子どもの頃から、児童文学とかテレビや映画で見てきました。最初は「少年探偵団」から入ったんですが、父が天知茂さんが好きでしてね。天知さんが出る作品は全部見てるってくらい。それで、天知さんが明智役をなさった……。

—— 『江戸川乱歩の美女シリーズ』(テレビ朝日系)ですね。
ええ。夜9時くらいのオンエアで、遅い時間の番組だったんですが、僕も起きて見てました。

—— なんとなく子どもには見せてはいけなような……。
見せちゃいけないものだと思うんです(笑)。ただ、それだけは「早く寝ろ」とか言われなかった。

—— お子さま心にご覧になって、どんな印象でしたか。
天知さんは、眉間の皺がなんとも言えず色っぽくて、目に色気がありましたね。顔がしっかりしていて、肩幅があまり広くない。それが画面越しにも迫力を感じたのを覚えています。

—— 1977年の番組放送開始から85年に天知さんが亡くなるまで、天知さんが明智役を演じられて、明智小五郎の強固なイメージをつくったともいわれます。
よく、変装していた顔を剥がすじゃないですか。あれがすごいなと(笑)。「さっきまで別人だったのに!」って、子供心に変装のすごさを感じていて。僕はけっして小説をたくさん読んでいるわけではないんですが、読んだものの中では「江戸川乱歩は変身願望があったのかな」と思うくらい。死体が入れ替わっていたり、入れ替わっていたように見せかけて本人だったり。二十面相という存在じたいもそうですけどね。何者なのかわからない怪しさと危うさ。そういうものがあった気はします。見ちゃいけない、真似しちゃいけない。タブーとされるものを覗き見るような感覚っていうのかな。
—— 大人の世界を覗き見るのか、そこに描かれている世界を覗き見るのか……。
どちらもあるような気がしますね。

—— 他に印象に残っている乱歩原作の映像作品はおありですか。
ストーリーはよく覚えてないんですが、若い頃に見た『陰獣』ですかね。香山美子さんが演じてた。

—— 1977年公開、加藤泰監督の松竹映画。映画館でご覧になったんでしょうか。
いや、家で見た記憶があるので、テレビでしょうね。エロティシズムと、抗えずに堕ちていく人間の性(さが)のような部分が、強烈に印象に残っています。「絶対に自分はそこに行っちゃいけない」「いやだな」という感じなんだけど、「あ、行っちゃうかもな……」みたいな。人間の弱さと、その弱さを引きつける怪しさ。その構造がおもしろかった。小説もあとになって読んだんですが、映画とは全然違っていて驚きました(笑)。

—— どちらのほうがおもしろく感じられましたか……と、比較することでもないのかもしれませんが。
小説ですね。去年と今年、乱歩の登場人物が総出演するような朗読劇に関わって、たくさんの乱歩作品にふれることになったんですが……。

—— アメツチ企画?製作の『幻燈の獏』(細川博司作?演出、2022年8月13?14日、イイノホール)と『自決スル幼魚永久機関』(細川博司+鈴木佑輔脚本、細川博司演出、2023年9月30日?10月1日、イイノホール)ですね。
ええ。その経験をふまえて、改めてひとつひとつの小説を読んでいきたいと思っているところです。

『幻燈の獏』と『自決スル幼魚永久機関』

—— 乱歩に関わる作品に速水さんが出演されたのは、2016年の『TRICKSTER』が最初でしょうか。花崎雄一郎という、メインキャラクターの父親役の声を担当されていました。
ええ。そうだと思います。単純に、江戸川乱歩の作品に関われることが嬉しくて。しかも、明智小五郎、怪人二十面相、少年探偵団がいるという図式の中に、自分がキャラクターとして入っていける。その楽しさはすごくありましたね。

—— 乱歩関連で『TRICKSTER』の次に関わられたのは、昨年上演された朗読劇『幻燈の獏』。速水さんは姫宮という役で出演されました。乱歩をめぐるさまざまなエッセンスが散りばめられた舞台でしたが、乱歩が「原作」というより、あくまでもオリジナルの作品だったと思います。あの劇世界は、速水さんが思い描いていた乱歩的な世界とどのように重なるものでしたか。
バンドネオンの音が、昭和初期という時代の狂乱する部分を表していて、それが耳に残っているんです。あの音が奏でる空気感が、乱歩なのかなと。

—— 音から感じとる時代の雰囲気が、乱歩を表現していた。
僕、歴史は好きなんですが、昭和初めの時代があまり好きではなかったんです。あの時代の狂乱があったから、その後の悲惨な戦争に行ってしまったんだろうと、単純に思っていたので。でも、どの時代にも人は生きていて、いいことも悪いこともあるけれど、ちゃんと生活をしている。その意味で、当たり前ですが、ひとつの時代を消してしまうことはできないんですよね。かといって、美化することもできない。だから、そういう歴史のありようを正しく見るためにはどうしたらいいんだろうと思いながらも、ずっと目をそむけてきた時代だったんです。

—— 『幻燈の獏』は、そこに目を向けざるをえない作品だった。
たぶん、子どもの頃に両親から聞いた戦争の話とかが記憶の底にあって避けてきたと思うんですけどね。『幻燈の獏』は、満州という虚構の帝国の中で起きた物語。そこに乱歩作品の登場人物が入り乱れていたので、一見するとカオスなんです。でも、そのカオスの中に身を置いて、姫宮博士という役を演じることのおもしろさを、しだいに感じるようになりました。

—— 満州で「獏」という極秘の研究に携わっていた姫宮博士。劇の中心は、シャオリンという不思議な美少年やその周辺の人物だったと思いますが、じつは世界の土台を支えていたのは姫宮じゃないかと。つまり、作品じたいが、乱歩にまつわる新作映画の制作という劇中劇的な構成で、そのなかで「夢」がひとつのキーワードであったり、幕切れに近い場面での「うつし世はゆめ」というせりふだったり、姫宮の思考に深く入っていく部分が、舞台の根底にありました。速水さんは、姫宮というキャラクターについて、どう捉えていらっしゃいましたか。
カテゴリーとしては、マッドサイエンティストですが、すごく純粋なんです。目的を果たすための手段を選ばないけれども、その目的じたいは、彼の中ではすべて理に適っている。夢や幻想ではなく、現実として実現しなければいけないものだと思い、そのためにはどんな者とでも手を組んで生きているんです。正義と悪で分けると、もちろん悪に入るわけですが、悪の中に、正義では成し得ない魅力が少なからずあって、その腐りかけの熟した果実のような部分を根っこに持っているんですね。マッドサイエンティストですけれども、表面は非常にクールで。
—— 姫宮が内側に持っているものと、外から見えるものとのギャップを「朗読」という表現で、具体的にどのように表わすのでしょうか。

「幻調乱歩2」と銘打たれた、今回の『自決スル幼魚永久機関』では、そういう内面の熱や毒を表現するのはモノローグなんです。いざとなれば激昂して敵とやり合うけど、基本的には、自分の思考回路が明瞭なときは常に人間性をそれほど表に出さない。そういう部分が演じていておもしろいですね。

—— 肉体も含めた技術がキャラクターの内面にシンクロして、操作している。キャラクターが自分の外の世界と関わるときの手段としての「声」は、どう切り替えていらっしゃるのでしょう。
声を変えている……というと、違和感がありますが、肉体の削り方がちょっと違っているんです。モノローグのほうが、肉体が削られる。逆に対話の部分は上澄みのようなところで喋っていけるというか。

—— なるほど。姫宮は、他者と関わるダイアローグはどこか表層的に、自分自身を削るほどの心情を深く言葉に込めていく部分はモノローグで。
そうですね。それが今回のテーマ。

—— 実際に発声される声じたいは大きく変わるものですか。
変わると思いますね。声帯を酷使しているほうがモノローグになる。意図してやってるわけじゃないんですけど、おのずとそうなってしまいます。

乱歩というモチーフの振幅のひろがり

—— 『幻燈の獏』では、怪人二十面相という存在が軸になっていました。たとえば「私は怪人二十面相」というせりふもあれば、「おまえは怪人二十面相」と複数の人たちが一斉にしゃべる場面もある。では、誰が怪人二十面相なのか。怪盗の共同幻想を登場人物たち全員でつくりあげていくイメージがあったんです。そこに密接に関わっているのが姫宮でしたので、なおさら速水さんが演じられた姫宮が、実は劇を裏で差配しているのではないかとも思いましたし、『自決スル幼魚永久機関』では怪人二十面相や明智の存在がどう変化していくのかも気になります。
『幻燈の獏』から時間が過ぎて、前作の続編的な主筋と、その一方で過去に遡って出来事の原因が明かされる副筋が交錯するような構造です。かつて明智は明智として、二十面相は二十面相として存在していましたが、二十面相が殺されてしまう。その後、二十面相が甦るわけですが、なんというか、とんでもなくグロテスクな存在になっています(笑)。

—— それはどういうグロテスクさなのでしょう。
「自決スル幼魚」という特別な成分を研究している博士がいまして、それが姫宮の元恋人なんですね。須永時子というその女性が、人体実験をくり返して、永遠の命を生み出そうとしている。死んだ二十面相を実験に使ったり、誘拐した子どもたちを不死身のモンスターにしたりして。で、明智も過去において一度命を落とすんですが、須永時子によってシャオリンとして生まれ変わるんです。身体はシャオリンだけれども、頭の中に明智の意識が同居している人工人間として……。そんな具合に、乱歩を素材に使いながらも、どんどん想像が膨らんでいくような展開が(笑)。

—— なかなか複雑ですが、前作の幕切れのイメージがつながっていく。
そうなんです。ちょっとクラクラするような話で(笑)。

—— 姫宮を続けて演じられて、前作から今作への変化は。
一言でいうと「敗北感」でしょうか。前作ではシャオリンたちに敗れて、自分の研究成果である「獏」計画を阻止され、片目を失い、プライドも失い、そこから日本に戻ってくる話なんです。姫宮自身、今回は「獏」のようなものをつくって暗躍することもなく、ひたすら元恋人だった須永時子との会話を通して、さまざまな過去を現出していく。今回はちょっとストーリーテラー的な役です。

—— そうすると、モノローグとダイアローグの使い分けのような部分は……。
『幻燈の獏』での失敗や須永時子への思いなどが渦巻いていて、それがモノローグとして表われてくるところですね。ただ、須永時子は四肢を切断されて、花瓶のように置かれている設定なんです。

—— ああ。それは「芋虫」ですね。
そうです。気の弱い人は見ないほうがいいかもしれない(笑)。でもそれくらい、思いきった乱歩というモチーフの使い方をしています。乱歩が描いた世界は振れ幅が非常に大きいと思いますが、ある方向に振れていた部分をさらに振り切っていくような部分も描かれている作品ではありますね。

逆さ双眼鏡のような乱歩のまなざし

—— 乱歩作品のどのようなところに惹かれますか。
ずいぶん大人になって、改めて小説を読むようになったんですが、僕は乱歩の作品に触れるたびに、なぜか「日本」という感じがしなくて。横溝正史は完全に日本ですけど、乱歩の場合、日本の風景を描いていても、それが日本に感じられない。この間、富山県の魚津へ行ってきたんですね。たとえば「押絵と旅する男」は、まさに魚津の景色を描いているのに、何か全然違う異国のような感覚があって。

—— 乱歩ならではの独特の描写が。
ええ。あと、ものすごく色彩感覚が豊か。映画やドラマだと、監督や役者、ロケ地などの制約があって、フィックスで見てしまうんですが、去年読んだ「石榴」は、文字で読むことによって、血の赤などがより鮮明にイメージできて、今まで気づかなかった発見がありました。乱歩作品はとにかく言葉遣いが褪せないですね。今年がデビュー百年ですから、それに近いくらい前の作品でしょう。でも、全然古くない。今も普通に読める文体のすごさを改めて感じました。

—— 色褪せないという点について、どういうところから感じますか。
本質が非常にクリアに描き出されているものが多いですね。トリックもおもしろいと思うんですが、トリックを考えた人間の大本にある正邪というか、正とか邪とかを超えたところにある人間味のようなものがおもしろくて。たとえば「石榴」では「結局、君が犯人だったのか」といった最後の大どんでん返しの部分と、自分を変えて、変えて、変えて……でも、愛する人といられたからそれでよかった、それが最後にいなくなったから……という悲しみが非常に丁寧に描かれている。短編ですが、二時間、三時間の映画にしても十分見応えのある作品だと思いました。
—— 速水さんにとっての乱歩的な世界は、どのようなイメージなのでしょうか。
いま思い出したのが、「押絵と旅する男」の一場面。魚津から上野に向かう電車の中で、語り手の「私」が双眼鏡を逆さに覗こうとすると、老人から「さかさに覗いてはいけません」と止められますよね。もしかしたら、乱歩がそうやって物事を見ていたのかもしれないと思ったんです。ようするに、物事を拡大して見るのではなく、小さく見ることで視野も広がるし、さらにいろいろなものが見えるんじゃないか。そういう逆さ双眼鏡みたいな世界なのかな、と。

—— 乱歩のレンズ嗜好は知られていますが、双眼鏡をあえて逆さに覗くという描写から、乱歩の視点を想像された。
僕らは普通に、見えるものを見えるままに思うけれども、乱歩は逆からも上からも下からも、どこからでも見ることができる視点を持っていたんじゃないかな。だからこそ、どんなに荒唐無稽な発想でも——たとえば、今度の朗読劇のようなものでさえも包含してしまう。今でいう拡張現実のような世界。そんなふうに思っています。

旧江戸川乱歩邸応接間/2023年9月27日
動画撮影?編集:吉田雄一郎(メディアセンター)
写真撮影:末永望夢(大衆文化研究センター)
聞き手?文:後藤隆基(大衆文化研究センター助教)

※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。

プロフィール

PROFILE

速水 奨(はやみ?しょう)

1958年、兵庫県生まれ。俳優、声優。劇団青年座養成所?劇団四季での活動を経て、80年のニッポン放送主催「アマチュア声優コンテスト」でグランプリを受賞し、劇場版アニメーション「1000年女王」で声優デビューを果たす。アニメーション、洋画、CM、企業ナレーションなど数多くの作品に出演し、ボーカルアルバムや朗読のCDをリリース。作家、朗読、ディナーショーなど幅広く活動している。代表作に『超時空要塞マクロス』(マクシミリアン?ジーナス)、『ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース』(ヴァニラ?アイス)、『ご注文はうさぎですか?』(チノの父 タカヒロ)、『BLEACH』(藍染惣右介)、『Fate/Zero』(遠坂時臣)、ラップバトルプロジェクト『ヒプノシスマイク』(神宮寺寂雷)など。

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