OBJECTIVE.
発表のポイント
- 金星(注1)の雲の高度における風速分布を初めて昼夜の区別なく計測し、高速大気循環のメカニズムや平均的な南北循環の理解が得られた(図1)。
- 金星の雲頂に夜間、どのような流れのパターンが生じるのかは40年来の謎だった。今回、夜間には昼間とは逆方向の南北風が生じることが判明した(図2)。
- 厚い雲に包まれた低速自転惑星という、地球と大きく異なる状況にある天体の大気循環の理解が進んだことは、地球型惑星の多様な環境が作られるしくみの解明につながる。
発表概要
金星には、地球では見られない超回転(注2)と呼ばれる速い東風が惑星全体にわたって存在しますが、これに加えて、紫外線で観察できる昼間の雲の動きには、赤道から両極へと向かう流れが見られます。しかし、この極向きの流れのうち、どれほどがハドレー循環(注3)を反映しており、どれほどが熱潮汐波(注4)にともなう昼間に特有の風であるのかは、40年来の謎でした。東京大学大学院理学系研究科の修士課程学生であった福谷貴一、東京大学大学院新領域創成科学研究科今村剛教授らを中心とする東京大学?立教大学?宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの研究グループは、JAXAの金星探査機あかつき(注5)で取得した赤外線画像の解析により、金星をおおう雲の運動を昼夜の区別なく可視化することに成功しました(図1)。その結果、夜間には昼間とは逆に赤道に向かう流れが生じることが判明し、熱潮汐波の寄与が明確となりました(図2)。ここから超回転のメカニズムやハドレー循環の形態の理解も得られました。このように金星の大気環境を維持するしくみを知ることは、惑星が多様な姿に分化するメカニズムの解明や、太陽系外に数多くあると考えられる大気の超回転が生じている惑星の理解につながります。
図1:地方時と緯度についての風速の分布。超回転成分を差し引いたもの。影を付けた領域は夜側であり、今回初めて風速の分布が得られたところ。矢印の長さは風速に比例し、緯度について10度の長さが5m/sに相当する。(Fukuya et al., 2021を改変)
図2:今回明らかになった金星の雲層付近の循環のイメージ。惑星全体の超回転(赤)に重なるように、昼側では極向きの流れ(水色、右)、夜側では赤道向きの流れ(黄色、左)が卓越している。今回赤外線観測で発見された夜側の赤道向きの流れが、昼側の極向きの流れを相殺している。このような昼夜の流れの違いは熱潮汐波による。昼側の画像は金星探査機あかつきに搭載された紫外カメラUVI、夜側の画像は赤外カメラLIRが撮影したもの。(金星画像はJAXA提供)
用語解説
- (注1)金星
太陽系で地球より一つ内側を公転する、岩石の地表を持つ惑星(地球型惑星)。大きさと密度が地球に近い。太陽と月に次いで明るく見える星であり、そのため明けの明星、宵の明星とも呼ばれる。二酸化炭素を主成分とする濃い大気を持ち、その温室効果のために地表での気温は約460℃に達する。高度50?70kmには硫酸でできた雲が存在する。自転は非常に遅く、自転周期は243日と長いが、超回転(スーパーローテーション;注2)と呼ばれる高速の東風のために大気は4日で金星を一周する。
- (注2)超回転(スーパーローテーション)
惑星の大気が赤道域を含む広い緯度範囲で惑星の自転を追い越す速さで循環する現象。金星ではこのような風が全ての緯度帯で見られ、風速は地表から高度とともに増加し、雲頂にあたる高度65km付近で最大速度100m/sに達する。地球で吹いている風とは大きく違っており、メカニズムはよくわかっていない。土星の衛星タイタンにも同様の風が見られるほか、系外惑星でも超回転の存在を示唆する観測結果が報告されている。
- (注3)ハドレー循環
惑星の赤道付近に多くの太陽光エネルギーが供給されるために、大気は赤道付近で暖かく、高緯度で冷たくなる。このような温度差を解消するように、大気は赤道域で上昇し、大気上層で高緯度に向かって流れ、高緯度で下降し、大気の低層で再び赤道域に戻ってくる。このような循環をハドレー循環と呼び、地球では赤道域から緯度30°付近までの範囲に存在する。金星でのハドレー循環は、太陽光によってよく加熱される雲頂付近と地表付近に存在すると予想されており、地球と違って赤道域から高緯度まで到達する可能性がある。東西風(金星では超回転)と重なって同時に生じており、一般に東西風に比べてはるかに遅い循環である。
- (注4)熱潮汐波
惑星の大気が太陽直下点付近で太陽光により加熱され、その加熱場所が惑星の自転や大気の循環のために大気から見て相対的に移動していくことにより、惑星規模の流体波動が発生する。この波動を熱潮汐波と呼び、金星以外にも地球や火星などで広く観察されている。熱潮汐波は東西方向に伝播するだけでなく高度方向にも伝播し、離れた高度間で運動量を運ぶことによって平均東西風の加速や減速をもたらす。いわゆる潮汐とは違い、月など他の天体の引力は関係しない。
- (注5)あかつき
JAXAの金星探査機。2010年5月に打ち上げられ、金星への航路の途中で推進系のトラブルのために予定より長い5年にわたって太陽を周回したのち、2015年12月に金星周回軌道に入った。金星周回軌道上から異なる波長で撮影を行う5台のカメラを用いて金星の気象衛星として大気の連続撮像観測を続けている。地球上のアンテナとの間の通信電波を利用した金星大気観測も実施している。プロジェクトのウェブサイト:https://akatsuki.isas.jaxa.jp/
金星は地球と同程度の大きさの惑星であり、二酸化炭素を主成分とする濃い大気を持ち、硫酸の雲が高高度に浮かんでいます。超回転と呼ばれる100m/sに達する全球的な西向きの風が、雲頂にあたる高度65km付近を中心に吹いています。このように地球と大きく異なる大気のしくみを調べることにより、惑星ごとに多様な環境が生じるメカニズムの理解が得られます。近年、太陽系外に高高度が雲におおわれた惑星や大気が超回転していると考えられる惑星がいくつも発見され、そのような系外惑星の研究の参照天体としても金星は注目されています。
金星大気の運動はこれまで、昼間に太陽紫外線によって照らされた雲の連続画像から主に推定されてきました。紫外線では雲に混入した化学物質の濃淡の模様が見えるため、これを追跡することができます。それによれば、金星の大気の運動には、超回転に加えて、赤道から両極へと向かう10m/s前後の流れがあります。この極向きの流れは、約40年前の発見当初、地球にも存在するハドレー循環という、赤道域で太陽光により加熱された大気が上昇して高緯度に向けて流れるような平均循環をとらえたものと解釈されました。しかし近年は熱潮汐波という、太陽光による大気加熱が引き起こす流体波動の一部分をとらえたものという指摘があり、それぞれの寄与はよくわかっていませんでした。ハドレー循環は昼夜全ての南北風を平均した流れであり、熱潮汐波は昼夜の風の違いをもたらします。ハドレー循環と熱潮汐波は、金星全体をおおう雲が太陽光を受け止めることによって生じる、主たる2つの大気現象です。ハドレー循環はエネルギーと物質の循環を担い、熱潮汐波は超回転の維持に影響を与えている可能性があります。これらを解明することは金星大気の理解にとって不可欠ですが、そのためには昼夜の区別なく観測して全体構造をとらえる必要がありました。
夜間の雲の動きを見るには、雲が発する赤外線を撮影することで場所による雲頂温度の違いを追跡する手法がありますが、これまで赤外線を用いて継続的に金星全体が撮影されたことはなく、また赤外線でははっきりしたパターンを見ることができませんでした。今回私たちは、日本の金星探査機あかつきに搭載された赤外線カメラ(サーモグラフィ)であるLIRを使って、2年間にわたって約1時間ごとに雲画像を取得しました。そのままでは温度のむらとノイズの区別がつきにくいため、大気の超回転による雲の移動を考慮して複数の画像を互いにずらしながら重ね合わせて平均することにより、ノイズを低減しました(図3)。この工夫により、雲頂の0.3℃程度の細かな温度変動を浮かび上がらせ、大気の運動を可視化することに成功しました(動画1、動画2)。
金星大気の運動はこれまで、昼間に太陽紫外線によって照らされた雲の連続画像から主に推定されてきました。紫外線では雲に混入した化学物質の濃淡の模様が見えるため、これを追跡することができます。それによれば、金星の大気の運動には、超回転に加えて、赤道から両極へと向かう10m/s前後の流れがあります。この極向きの流れは、約40年前の発見当初、地球にも存在するハドレー循環という、赤道域で太陽光により加熱された大気が上昇して高緯度に向けて流れるような平均循環をとらえたものと解釈されました。しかし近年は熱潮汐波という、太陽光による大気加熱が引き起こす流体波動の一部分をとらえたものという指摘があり、それぞれの寄与はよくわかっていませんでした。ハドレー循環は昼夜全ての南北風を平均した流れであり、熱潮汐波は昼夜の風の違いをもたらします。ハドレー循環と熱潮汐波は、金星全体をおおう雲が太陽光を受け止めることによって生じる、主たる2つの大気現象です。ハドレー循環はエネルギーと物質の循環を担い、熱潮汐波は超回転の維持に影響を与えている可能性があります。これらを解明することは金星大気の理解にとって不可欠ですが、そのためには昼夜の区別なく観測して全体構造をとらえる必要がありました。
夜間の雲の動きを見るには、雲が発する赤外線を撮影することで場所による雲頂温度の違いを追跡する手法がありますが、これまで赤外線を用いて継続的に金星全体が撮影されたことはなく、また赤外線でははっきりしたパターンを見ることができませんでした。今回私たちは、日本の金星探査機あかつきに搭載された赤外線カメラ(サーモグラフィ)であるLIRを使って、2年間にわたって約1時間ごとに雲画像を取得しました。そのままでは温度のむらとノイズの区別がつきにくいため、大気の超回転による雲の移動を考慮して複数の画像を互いにずらしながら重ね合わせて平均することにより、ノイズを低減しました(図3)。この工夫により、雲頂の0.3℃程度の細かな温度変動を浮かび上がらせ、大気の運動を可視化することに成功しました(動画1、動画2)。
図3:(左)LIRによる金星の赤外線画像。(中央)赤外画像を金星の地理座標に展開して細かいパターンを強調したもの。(右)画像の平均化処理によりノイズを低減したもの。(Fukuya et al., 2021を改変)
図4:(左)熱潮汐波の南北風の水平構造。北向きを正、南向きを負とする。(右)熱潮汐波の東西風の水平構造。東向きを正、西向きを負とする。(Fukuya et al., 2021を改変)
分析の結果、夜間の雲頂には、昼間とは逆に両極から赤道に向かう、昼間と同程度の速さの流れが生じていて、昼夜を通して平均すると南北の循環はほぼ無いこと(図1、図2)、夜間の赤道向きの流れは主に日没から真夜中にかけて生じていることがわかりました。また、時刻による風速の違いから、熱潮汐波の速度構造が初めて判明しました。熱潮汐波は東西方向に一周する間に2波長を含むような周期成分(半日潮)を多く含み、それが高度方向に力を伝える(東西方向の運動量を高度方向に運ぶ)ことによって超回転の維持に働いていることが示唆されます(図4)。
雲頂の高度で平均南北循環がほぼゼロであることは、ハドレー循環の極向きの流れが雲頂より高いところにあり、赤道向きに戻ってくる流れが雲頂より低いところにあるために、その中間の高度にあたる雲頂では南北の流れが弱いと解釈されます。硫酸の雲はこれまで主に赤道域で作られて極向きに運ばれていると考えられてきましたが、実は大部分は,雲層内にある赤道向きに戻ってくる流れによって高緯度から運ばれているのかもしれません。このような循環パターンは、大気全体のエネルギーの循環や超回転を維持する流体力学にも大きく影響します。
こうしてハドレー循環や熱潮汐波の構造がわかったことで、数値シミュレーションによる金星大気物理の研究は今後、これらの結果の再現を目指すことになります。また、金星の風や雲頂温度の分布を昼夜関係なく観測できるようになったことは、さまざまな大気現象の時間変化を追跡することを可能にし、金星気象学に新たな手法をもたらしました。今回明らかにしたような雲層の日射加熱への大気力学の応答は、系外惑星の大気においても超回転を引き起こすなど重要な役割を果たすと予想されており、太陽系の気象学と系外惑星の科学の連携による解明が望まれます。
こうしてハドレー循環や熱潮汐波の構造がわかったことで、数値シミュレーションによる金星大気物理の研究は今後、これらの結果の再現を目指すことになります。また、金星の風や雲頂温度の分布を昼夜関係なく観測できるようになったことは、さまざまな大気現象の時間変化を追跡することを可能にし、金星気象学に新たな手法をもたらしました。今回明らかにしたような雲層の日射加熱への大気力学の応答は、系外惑星の大気においても超回転を引き起こすなど重要な役割を果たすと予想されており、太陽系の気象学と系外惑星の科学の連携による解明が望まれます。
発表雑誌
- 雑誌名:Nature
- 論文タイトル:The nightside cloud-top circulation of the atmosphere of Venus
- 著者:Kiichi Fukuya*, Takeshi Imamura*, Makoto Taguchi, Tetsuya Fukuhara, Toru Kouyama, Takeshi Horinouchi, Javier Peralta, Masahiko Futaguchi, Takeru Yamada, Takao M. Sato, Atsushi Yamazaki, Shin-ya Murakami, Takehiko Satoh, Masahiro Takagi, Masato Nakamura
- DOI番号:10.1038/s41586-021-03636-7
- アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41586-021-03636-7
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2024/12/20 (FRI)