バクテリアを知ることは、人のこころと体の研究につながりますか?

理学部生命理学科 分子生物学系 塩見 大輔 准教授

2018/09/28

研究活動と教授陣

OVERVIEW

塩見大輔准教授の専門は、大腸菌など「バクテリア」の生態。一見、人のメンタルヘルスとは遠い分野だが、塩見准教授はこの研究を軸足として、心理学部と連携しながら自閉スペクトラム症と腸内細菌の関係に迫ろうとしている。

塩見 大輔 准教授

「僕たち人間の体を構成している細胞の数は、およそ37兆個といわれます。では、人間の体にすんでいるバクテリアはどれくらいだと思いますか?」
バクテリア(細菌)の研究を専門とする塩見大輔先生の話は、こんな問いかけから始まった。

「一人の体に100兆個以上いるんです。人は『人間』という生物単体で生きているような気がしているけれど、実際には、ともに生きているバクテリアとの集合体のようなものといってもいいかもしれません」

研究テーマは細胞が壁をつくる仕組みと壊れる仕組み。主に見ているのは大腸菌だ。

人体にすむバクテリアには、ピロリ菌のようにがんを誘発するとされるものもあれば、栄養素を摂取する助けとなってくれる腸内細菌などのように人の健康維持に欠かせないものもある。人にとってバクテリアとは、必ずしも「害をなす存在」「益をもたらす存在」ときまっているわけではなく、互いに影響を与え合って生きている関係なのだ。

バクテリアの専門家だからこそできること

「何かをなしとげなくちゃという気持ちより、何がわかってくるかが楽しみで研究をしています」

「実は人体にすむバクテリアは、身体だけではなく、ストレスや神経系の疾患などのメンタルヘルスにも関係しているのではないか、と言われ始めています」
精神的なストレスからお腹を壊しやすい人がいることを考えれば、メンタルヘルスが腸内細菌に影響を与えるという話はうなずける。しかしその逆に、腸内細菌の状態がその人のメンタルヘルスに影響を与えるといわれると、直感的にはあまりピンとこない。

「でも、腸内細菌が自閉スペクトラム症を誘発するのではないかという研究は、しばらく前からさまざまな研究者がやっているんですよ」
それを実際に人の腸内細菌叢(細菌の集合体)で確かめようというのがブランディング事業のひとつの目的だ。塩見先生は大腸菌をはじめとするバクテリアの生態の専門家として事業に参画している。
この事業では専門施設と連携し、自閉スペクトラム症の子の便と、その両親や兄弟姉妹の便を提供してもらい、それぞれの腸内細菌の比較を始めている。
「まだサンプルの収集が終わったばかりなので分析結果は僕のところには来ていないのですが、非常に強い興味をもって待っています」
しかし、仮に腸内細菌に違いが見られたとして、その違いが自閉スペクトラム症の原因なのか、それとも結果なのかをどうやって検証するのだろうか?
「ええ、腸内細菌の違いを見ただけでは腸内細菌が原因かどうかを解明することはできません。むしろそれは出発点で、その違いから注目すべきポイントを見つけ、次はさまざまなモデル生物を使って、何が根本の原因なのか、どんなメカニズムで発症するのかを探っていくことになると思います」

その「注目すべきポイント」を見つけるのが塩見先生の役割ということになる。
腸内細菌叢を比較したり、どうなっているかを解明したりするには、まずは「細菌」がどのように生きているか、すなわちバクテリアの生態を知らなければお話にならない。
腸内細菌の中でも知名度の高い大腸菌は、生命現象の根幹を探るのに適したモデル生物として多くのことが解明されてきた。そのおかげでDNAの情報など、わかっていることも多いが、生態はまだまだ謎に包まれている。

菌が細胞壁を失うと?

大腸菌(左)やピロリ菌(中)のぬいぐるみ。新学術領域「運動マシナリー」でつくった缶バッジ(右)。壁を失って自身の形を保てなくなる細胞のことを表し、「NO SHAPE, NO LIFE」と書かれている。

「たとえば、私たちが細菌感染で病気になったときにはその病原菌を退治するために抗生物質を投与しますよね。抗生物質の代表格であるペニシリンは、菌の細胞壁合成を阻害して結果的に細胞壁を壊します。壁を失って自身の形を保てなくなった菌は死滅する。しかし、そもそも菌はどうやって壁をつくっているのか、何が影響して壊れるのか、メカニズムはあまりよくわかっていないんです」
塩見先生はとくにこの「壁をつくる」「壁が壊れる」メカニズムに注目して研究を行い、そのプロセスにかかわるタンパク質をすでに突き止めている。

「この仕組みがわかれば、既存のさまざまな抗生物質に耐性をもってしまった多剤耐性菌に効く新薬のデザインに役立つかもしれませんし、多剤耐性菌をできるだけつくらないような処方のしかたを知ることにも貢献するのではないかと思っています」

大腸菌の基礎研究と、メンタルヘルス研究をつなぐ

そもそも、塩見先生はなぜ大腸菌をテーマに据えたのか。
「生物のメカニズムを解明しようとするときにはやはり、いきなり人間まるごと、マウス丸ごとではなく、大腸菌のように単純なもので明らかにすることがスタートだと思うんです。『DNAとは何か』とか『遺伝子の発現メカニズム』などもまずはバクテリアなどの研究でわかってきて、そこで得られた基本的なコンセプトは人間にも当てはまるものでした。単純なもので根本の原理を明らかにしたい、という気持ちが僕にはあるんだと思います」

とはいえ、ことはメンタルヘルスである。大腸菌をはじめとする腸内細菌の状態と、人間まるごとの状態にうまく橋はかかるのだろうか。
「簡単ではないでしょうね。でも、何がわかってくるかが楽しみでもあります」

大腸菌の生態を知る研究を、メンタル面を含めた「人間の生態」を知る研究へとつなぐ。塩見先生の研究は、理学と心理学を融合するというブランディング事業のユニークな挑戦を下から支えている。

プロフィール

Profile

塩見 大輔

理学部生命理学科 准教授

2002年名古屋大学大学院理学研究科にて博士号(理学)を取得後、テキサス大学や国立遺伝学研究所で細菌の分裂、形態形成の研究に従事。2013年より現職。2014年日本細菌学会黒屋奨学賞受賞。学生のときから一貫して、細菌を用いて細胞内のタンパク質と細胞機能の関係について研究を行ってきた。とくに注目しているのは大腸菌の細胞壁合成のメカニズムと抗生物質などによって合成が阻害される際のメカニズム。

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